2016年5月31日火曜日

一年ぶりの高松空港 2

 今回の撮影は、昨年行けなかった「高山航空公園」での撮影が目的でもある。
 高松空港から西南西の方角へ3.6km、約15分程度走った所にある。ここには、航空神社や陸軍少年飛行兵顕彰碑があり、歴代運輸大臣・国土交通大臣なども参拝に訪れている。
 飛行機広場には、T-2超音速高等練習機、セスナ170B小型単発機、川崎ベル47G3B-KH4ヘリコプターが展示されている。
  今日は、離陸はR26から、出発はR08からなので高山航空公園からの撮影はあまり良くない。手持ちのレンズでは、飛行機が豆ちょぼにしか写らない。(以前からエクステンダーEF2Xが、欲しいと思ってはいるのだが・・・。)風の状況によっては、全て高山航空公園側からの離発着になるので、迫力ある飛行写真が撮影できる。(もう少しリサーチして、再度撮影に出かけたいと考えている。)

高山航空公園は、滑走路の延長線上、手前の低い山辺りにある。
T-2超音速高等練習機
F-104J(スターファイター)やF-4EJ(ファントム)を操縦するために使う機材として開発された。
羽田からJAL479便 B737が接近中
羽田へANA536便 A320 離陸したばかり(まだ、メインギヤを格納していない。)
画面右側のやや赤く見えている所が、子どもの国のポピーが植えてある場所
飛行機をお腹の方から見ることはあまりない。
A320型機はお腹の中央がデカく張り出しているように感じる。
ANAのヘリコプター 当然だが、飛行機と同じカラーリング
        全日空のスタートは、日本ヘリコプター輸送株式会社と極東航空株式会社である。
        その時の略称が「NH」なので、現在ANAであってもヘリは、NH(ノベンバーホテル)とコールされる。

2016年5月29日日曜日

一年ぶりの高松空港 1

 ポピーが咲き乱れるなか、航空機の離発着風景が撮影できるのは、ここ高松空港だけである。滑走路を挟んでターミナルビルの反対側にある「さぬき子どもの国」が、東エリアの畑に毎年種をまき育てている。例年5月20日頃満開になるように種まきをするのだそうだ。(プロのカメラマンも多く撮影に来ている。)
 高松空港は、松山空港と違って近距離用に使用されているボンバルディア機が就航していない。全てジェット機が就航している。滑走路は、2500mとあまり長くないが、B777も離発着している。(もちろん燃料を満タンにしていないから可能なのかもしれないが・・・。)
 ANAの出発一番機がB787の予定なのだが、前日確認するとB767に機材変更になっているとのこと。「まぁ~いいか」と思い、7:35に間に合うように家を出た。
 到着してエプロンを見ると見慣れないB767機が駐機している。垂直尾翼には、トリトンブルーのカラーリングで「ANA」の文字。間違いなくANA機である。早速カメラをセットし確認してみると何と「STAR WARS」の文字が見える。国内線使用の機材である。確か1機だけである。いきなりテンションが上がり、撮影をした。「早起きは三文の得」であった。
B767 STAR WARSカラー機 機体右側面にBB-8、左側面にR2-D2が描かれている。
手前一面にポピーが、満開となっている。このポピーは、摘み取って持って帰っても良い。
トリトンブルーには、R2-D2デザインの方がピッタリくる。
「さすが、これぞ高松空港!」という感じ。
ANA高松到着第1便は、B787である。「よっ、待ってました!」 殺風景な空港に彩りを添えてくれている。
LCC JetStar A320型機
航空写真家ルーク・オザワ氏と同じ場所から撮影した。当たり前だが、上手く撮影できていない。
気持ちよさそうに浮き上がって行った。
好きな一枚である。
本来ならば、フロントギアが上がったところを狙いたかったのだが、飛行機が小さくなって品祖になる。
どのレンズを使えば畑の面積はそのままで、飛行機を大きく写せるのだろうか・・・。
NHKローカル放送の時、時々映し出されるので気になっていた。
国産初旅客機Y-11である。現在も飛行可能で、きちんと整備されている。
国土交通省航空局が所有していたものをエアロラボ社が買い取った。
現在、「さぬき子どもの国」にも1機展示してある。(飛行不可)



2016年5月27日金曜日

初体験!

 30数年前には、「結婚式の前撮り」というものがあったかどうかは知らないが、自分は経験がない。今回初めて息子の結婚で前撮りというものを経験をした。
 プロのカメラマンが撮影する合間に撮影をさせてもらった。午前10時30分過ぎから午後3時30分頃まで長時間の撮影。私は、シャッターを押すだけだが、新婦さんは重労働である。着せ替え人形的である。一般平均的なお色直しであるが、着替えやヘヤーメイクなどなど本当に大変である。
 私にとって「息子の結婚」ってものは、ないのだろうと思っていたので、本当に嬉しく素晴らしいできごとであった。
 私にとってこの前撮りは、「若いって良いな~!」と感じさせてくれる時間であった。
自動車道の横にある施設
披露宴で一度、県内同業者の集いで一度利用したことがある。
多くの草花で飾ってある。
初めてウェディングホールに入った。
ハードワークである。
当日もこんな感じになるのであろう。




2016年5月26日木曜日

遅ればせながら・・

 ほとぼりも冷めただろうと九島一周サイクリングに出かけた。折りたたみマウンテンバイクを車に積み込み、コンビニおにぎりを確保して、宇和島側の駐車場に車を止めて早速、サイクリングスタート。
 一周10kmと言われていたが、どのくらいで回れるのか見当も付かない。先輩からもメールで「1時間くらいですよ。」と教えていただき不安も吹っ飛んだ。
 今回は、反時計回りでの一周。走り始めて直ぐに「鯨大師」があるはずと車輪を進めるが、海の方の景色を見ながらの走行だったので看板を見落としてしまった。仕方がないので引き返し確認するとしっかり看板が出ていた。道路から山へ200m上がればお目当ての場所があった。
 ゆっくりと潮風に吹かれながらのプチサイクリング。とても気持ちが良い。「ゴジラ岩」が出てこない。また見落としたかと心配になったが、「ま~ぁいいや。その内出てくるだろう。」と、最初の赴任地が見える場所で昼食のおにぎりを食べることにした。「子どもたちと出かけて行った遠足は、こんな感じだったな~!」と、思いながらコンビニおにぎりをほおばった。
 サイクリングを再開すると直ぐに「ゴジラ岩」が出てきた。皆さん同じ構図での撮影なので何とか違う構図でと思ったがダメであった。
 島の東側に人家が集中しているが、道路が狭く離合が難しい。しかし、本九島までは定期バスが通っている。大型トラックも荷物を運んできている。それを思うと橋ができて良かったのであろう。
 これからこの橋をどのように生かして、九島を発展させて行くかが大きな課題であろう。
 
橋の中央部分から九島側を撮影してみた。
中央最上部の工事現場は、橋を見下ろせる所に「海すすめ」という展望台を造る工事をしている。
「坂(さか)」を「さこ」と呼ぶ名前があった!
「鯨大師」 今は、住職がいない。
梅雨前の湿度の少ないカラッとした一日であった。
遠くに嘉島・日振島・佐田岬半島を眺めることができる。
これが有名な「ゴジラ岩」 解釈は、難し~い!
竜王様を祭っているリヨン島
何と「ロールスロイス」が置いてあり、せっせと手入れをされている。ナンバープレートが見当たらない。走れるのか?
違和感のあるロールスロイス。よく分からない。
宇和島側取り付け道路も整備されつつある。今後、どのように発展していくか楽しみである。


2016年5月24日火曜日

笠取山&大川嶺

 今日(5/18)は、「九島一周サイクリング」だと準備していたら、先輩から「大川嶺のツツジ良い感じになっている。今日明日が一番良い時かな~。」と連絡が入る。どうしようと迷った。というのも、深山へ一人で入るには自信がなかったのである。
 そこで、道を聞くと「檮原から小田深山に入る道よりも、数倍良いよ。車の中からシャッターが押せるよ。」と聞いて、詳しく道順を聞き「これなら行ける。」と思い目的地を変更した。
 大川嶺ミツバツツジは、先輩ブログのトップページの画像にもなっており、一度行きたいと思っていたので、私には「渡りに船」だった。
 初めての道だったので「これで大丈夫なのかな~??」と呟きながら高度を上げていった。すると森林限界を抜けると目に飛び込んでくるのは、どこまでも見通せる風景である。その中にお目当てのミツバツツジの大群落がある。
 言われたとおり大川嶺の駐車場に車を入れると、すでに10台ばかりの先行車があった。いずれの方々も後期高齢者ばかりで「こんな年齢の方も運転して上がってきたのか!」と驚いた。
 機材を背負い、笠取山に向かう尾根伝いの縦走路(それほどきつくない坂道)を数百メートル上がったところで撮影を開始した。その後、車で数分御三戸へ通じる道を移動し、大きな群落を望遠レンズで狙った。
 素晴らしい撮影ポイントを教えていただいて感謝である。ただ、ブヨの大群には閉口した。
私にとって初めての風景であった。
登山家は、こんな風景に出会えるから登るのを止められないのだろう。


素晴らしいピンク色である。アケボノツツジにも負けていない。
笠取山への縦走路  結構年配の方が歩いて上がっている。
大川峰とは、反対側にある大群生である。
新緑とのコントラストが良い。
山一つが、燃えるように染まっている。
石鎚山を遠くに眺める。
振り返ると四国カルスト(右端は、姫鶴荘辺りか・・!?)



2016年5月22日日曜日

新緑如法寺2

 専任の住職が居なくなったので、長浜町沖浦にある瑞龍寺(沖浦観音&桜で有名な古刹)の木之元副住職が兼務をされている。
 なんとか以前の隆盛を取り戻そうと「冨士山 如法寺だより」を発行し情報発信をされている。また、積極的に見学者を受け入れて説明をされている。(大洲市も「臥龍山荘」「如法寺」「少名彦名神社(清水寺のような懸造(かけづくり)の参籠殿)」を結んで、観光資源にしようという動きがある。)
 撮影も終わり帰る準備をしていたら、「庭を見られますか?」と住職から声をかけていただいたので、撮影させていただいた。
 庭自体は、特別華やかであるということはないが、見事に手入れされ見ているだけで心が落ち着いてくる庭である。私の好きな睡蓮が、「時は今」とばかりに咲き始めている。
 一刻も早く専任の住職が見つかり、しっかりとした運営がなされることを祈るばかりである。

近くの自治会のメンバーが見学に訪れていた。
仏殿の後ろ
こちらが、表玄関のような構えになっている。彫り物も素晴らしい。
見猿・言わ猿・聞か猿の彫り物
大日如来の右手に達磨大師座像、左手位牌右に徳川家康公の位牌
正面に向かい左右に座禅修行ができるようになっている。
内部は、素晴らしい雰囲気となっている。
方丈と庫裡の後ろ側に庭が造られている。よく管理がされており、気持ちの良い場所である。
(通常は、鍵がかかっており庭に入ることができない。)
池には睡蓮が、植わっており可憐な花を咲かせていた。



2016年5月20日金曜日

新緑如法寺1

 何十年かぶりに如法寺に行った。大洲藩主加藤家の菩提寺である。

 如法寺は、大洲盆地の冨士山の中腹にあって、大洲加藤家2代藩主加藤泰興が寛文9(1669)年に盤珪永琢を開山として創立した臨済宗妙心寺派に属する寺院である。
 この建物は、桁行5間、梁間4間、一重、入母屋造本瓦葺である。寛文10(1670)年に加藤泰興が創建したもので、仏殿と禅堂を兼ねた珍しい形式の建造物である。柱は禅宗様の特徴をもち、柱上の組物には、出組を用い柱間に蟇股を配した和様の手法を取り入れている。正面の扉は、桟唐戸を使用している。
 創建当初の形態をよく保ち、禅堂を兼ねた禅宗様仏殿として貴重であり、良質な木造りと優れた意匠・構造形式を示し、近世禅宗仏殿を代表する建造物である。>(大洲市のHPより)

 平成4年ここの仏殿が、国指定の重要文化財となったが、時間とともに老朽化が進み屋根の部分が崩れかけていた。私が、文化財担当になった平成18年から3年間の間にも修復の話が持ち上がり、何とかしようという声が大きくなった。しかし、色々な事情があり修復が行われたのは平成22年11月からであった。
 修復後の仏殿を見たが、どこを修復したのか分からないような工法で修繕をしたので、昔からのたたずまいを見せていた。

山門から仏殿の入り口を見る。
境内に入り、内側から山門を見る。
モミジが良い感じになっている。秋が楽しみ!!
見学者を見送る住職
(見学者が、見えなくなるまでお見送り。これが、次につながっていくはず。)
国指定重要文化財「仏殿」の全景
(実は、入り口と裏口が反対ではないかと思わせる。詳しくは、その2で!)
毎朝、兼務住職が鐘を突きに上がってこられるそうだ。
仏殿の入り口
苔と銀杏とモミジの緑