2015年10月31日土曜日

一宮様秋祭り八ッ鹿踊り

 昨晩の宵宮は、多くの見物客で十分に撮影することができなかったので朝一で出かけて行った。ところが、聞いていた時間よりも早く始まっていて、浦安の舞は終わっていた。ト・ホ・ホ・ホ・ホ~である。(まるで自分の人生を見ているようだった。)
 待っていると裏町の八ッ鹿の皆さんが上がって来た。これは、しっかり撮影した。そして、この後、天赦園でも撮影した。(後日、アップ予定)
まずは、全員で参拝!
哀愁を帯びた声と腰に付けた太鼓の音が何とも良い感じである。
角のない雌しかを探してという踊り。
動きが緩やかで優雅である。
朝から多くのテレビ局が来ている。
久しぶりにゆっくりと見ることができた。
今年の夏は、仙台市に招待されて行ったそうだ。
のぼりが、表になったのでシャッターを切った。
後世に残しておきたい文化財である。

2015年10月29日木曜日

一宮様宵宮

 旧宇和島市の秋祭りで最後に行われるのが、宇和島伊達家の総鎮守として造営された宇和津彦神社の秋祭りである。宇和津彦神社のことを宇和島市民の方々は、親しみを込めて「一宮様」と呼んでいる。
 10月28日が宵宮、10月29日が祭礼日である。猿田彦のお練り・浦安の舞・八ッ鹿・牛鬼等々、いろいろな団体が出てくる。今年は、このお祭りを追ってみることにした。
 30年来の友人が、猿田彦のお練りの役員をしている。彼が、仕事に就く時も10月28・29日は、必ず休むことを条件としたと言っていた。地域の伝統をしっかり守ってくれている。

 (今回初めてストロボ撮影をしたが、この設定でよかったのか分からない。ホワイトバランスを「ストロボ」にした。ストロボ撮影が、とても難しいことが分かった。)

猿田彦大神が見守る中での奉納
友人が、補佐をして運行される。
八ッ鹿おどり
変声期前の男子児童によって演じられる。
浦安の舞!!
「うら」は心を指す古語であり、「うらやす」で心中の平穏を表す語であるとされる。
優雅に舞っている。
宇和島の祭りに牛鬼は欠かせない。


















2015年10月26日月曜日

貴公子山野園池

 昨年、星ヶ丘公園から「青い睡蓮」の株を2株いただいた。内一つは、自宅の小さな水槽の中で育てていた。もう一つは、貴公子山野園池に植えた。
 ところが、今年になり貴公子山野園池に植えた株から葉っぱが出てこないと連絡があり、私の小さな水槽で育てるのは可哀想なので、貴公子山野園池に移植することにした。
 大切に育てていただいたので大きく葉っぱを広げ、元気に成長していった。すくすくと育ち10月中旬に「花芽を付けた!」と連絡があった。しかし、花芽を付けたのが遅かったので、「咲くのかな?!」と心配したが見事に開花した。
 10月25日に撮影に出かけ、見事に咲いた花をカメラに収めることができた。この青い睡蓮は、北川村のモネの庭に咲いているモネが愛した「青い睡蓮」ではなく、通常の睡蓮である。

かなり多くの水草が生い茂っている。
これは、アオサギから鯉を守るためにどうしても必要なアイテム。
とても綺麗なブルーである。
ピ~ンと背筋を伸ばした貴婦人のいでたちである。
水面に映った青い睡蓮
クモがちゃっかり同居している。
とても美しい花である。来シーズンは、もっと多くの花が咲くようになったらいいな。

2015年10月23日金曜日

晩秋の四国カルスト

 二人と一匹で四国カルストに出かけた。8時30分に自宅を出て檮原町・地芳峠経由で四国カルストを目指した。
 平日にもかかわらず多くの県外ナンバーの車が来ていた。中には、倉敷や山口ナンバーもあった。また、中型バスで来ている団体客もいた。FBの情報で「今が紅葉の盛りだ」とあったので来たのだが、まさに「今が旬」であった。後4・5日で落ちてしまうだろうなと思った。
 昨年はブナ林の紅葉を撮影したので、今回はススキの草原を撮影したいと思い来たが、太陽が高く昇っていたのであまり良い条件ではなかった。自分が思っていた感じにはならなかった。
(翌日、天狗荘のHPを見たら、通行止めになっていた幹線林道が9/19から片側交互通行できるようになっていた。大規模林道を管理している鬼北町&西予市に確認したら「通行できます。」とのことであった。事前リサーチをしっかりしておけば良かった。)

天狗荘まえから見える紅葉
大野ヶ原の紅葉 牛がのんびりと草を食みいる。
朝日に輝くススキを撮りたかったが・・・。
これだけ広い面積のススキは、あまり見られない光景
源氏が駄馬方面を眺めて!!
冬の食料確保に草刈りが進んでいる。
一見北海道を思わせる風景である。
遠くに弘法伝説の「一夜が森」が見える。
こちらでも、冬支度のロール作りが行われていた。

2015年10月22日木曜日

新居浜太鼓台

 大人の太鼓台は、3t以上あり、何と20台の太鼓台が集合した。これは、圧巻・壮観である。仕様は同じだが、それぞれの地区の特色や伝統が随所にあり、素晴らしい景観である。
 新居浜の方に話を聞くとこの太鼓台を新調するのみ5000万円~7000万円かかるとか。それも全て寄付でまかなうそうだ。一度作れば、30年以上は持つそうだが、新調した先から次の寄付集めが始まるのではないかと思った。
 金糸銀糸が、太陽の光に輝き「絢爛豪華」というのは、このようなことを指すのだろうと感じた。ただ、太鼓台は絢爛豪華だが、かき手を含めると上品さに欠けるような気がした。その事が、後で新聞を賑わすことになるのではないのか。
 大人の太鼓台撮影はグラウンドに降りてきて、寄っては逃げ逃げては寄りのスリリングな撮影であった。砂煙の中、とても楽しい時間を過ごすことがあった。
 
 間もなく宇和島に着くという帰りのバスの中で運転手の名前を見て、「え~っ!この名前聞いたことがあるぞ~。」と思い、出身小学校を聞いたら「住○小です。」私が名乗ると「えええ~っびっくりです。」私がいた時の子どもであった。元気に頑張っている姿に、嬉しさがこみ上げてきた。

20台そろうと圧巻である。その台も地域のプライドを持って参加している。
今回は、房の揺れを考えながら撮影した。
土橋地区太鼓台だけが房の色が違った。美しい~!
差し上げは、3t以上あるので大変である。
「姉御~、見てやってください~。」と、いう感じだ。
かきくらべが終わり。休憩中!1

2015年10月21日水曜日

新居浜子ども太鼓台

 一度撮影したいと思っていた新居浜太鼓台に行ってきた。今回は、様子が分からないので宇和島観光の一日バスツアーに参加しての下見です。
 朝、8時20分に長堀橋バス亭を出発して11時前に「上部地区山根グラウンド」に到着。階段状になった観客席は。場所取りが終わり私たちが座れるところはない。(場所取り開始は、6時からだが真夜中から入り口で待機しているとか)仕方がないので、一番上に上がり立って撮影することにした。300mmをカメラにセットして撮影したが、納得いく撮影はできなかった。
 最初は、子ども太鼓台のかきくらべである。どこも少子化で大変なようである。ただ、小さい時から祭りを刷り込まれるので大人になっても「この時だけは、何があっても。」となるのだと感じた。
 この場所では、10台の太鼓台が集まりかきくらべを披露する。ただ、差し上げは、大人たちが地区関係なしに協力してやっているようだ。
待機場所で準備をしている。
勢いよくグラウンドに入ってくる。会場は、一気に盛り上がる。
10台が勢揃い! この後、本部前まで進み差し上げを行う。
中には、紙テープを歌舞伎のように投げる太鼓台もあった。
子どもの太鼓台は、1tくらいある。それをみんなで差し上げる。

2015年10月19日月曜日

初撮り・漁り火

 夕焼けを撮影した後、漁り火の撮影にも行ってきた。といっても前日出ていた船が出ていなくて奥南を一周だけした形になった。しかし、撮影ポイントが分かったので撮影に来ることができる。
 奥南運河を渡り南君に向かって走っていると、牛川の所で一隻船が出ていたのでテストを兼ねて撮影してみた。
 海面から1mくらい高い所からの撮影だったので満足のいく撮影ではばかったが、何枚か撮影ができて良かった。
 綺麗なエメラルドグリーンで神秘的な色である。

一隻だけの船なので構図がとれない。仕方がないな~。
どんな種類の魚を呼び寄せているのか?

2015年10月18日日曜日

初撮り・夕焼け


 カメラを始めた若い頃、「夕焼けや朝焼けを撮影しても絵にはならない。」と厳しく指摘されたことがあった。再びカメラを始めた時、その思いがトラウマのようになりなかなか撮影に行けなかった。
 いろいろな方の作品を見ていると、「いいな~。良い色だな~。」と思うことが多くあるようになった。
 「よ~し、また撮影しよう。」と思い、夕焼けを撮影するいい場所はないかと思っていたら、「撮影に行くよ。」とメールをいただいたので準備をして出て行った。
 夕焼けの撮影は、一瞬が勝負なのでなかなか気が抜けない。「焼けるか?」と言いながら時間が過ぎるのを待った。雲の具合が良い状態なので何とか焼けて欲しいいう思いが通じたのか、良い状態になった来た。急いでシャッターを切り、撮影を終了した。
良い撮影ポイントを教えてもらった。
上の黒い雲が、気になると先輩方が話していたが次第になくなった。

太陽が、チョコッとあいさつをして落ちていった!いい夕焼けだ!!
2年間過ごした嘉島が見え、何となく昔を思い出した。美しい夕焼けだ!

レンズを交換して広く撮影してみた。
小焼けになる。

2015年10月16日金曜日

夢の架け橋!か?

 10月7日から九島架橋上部の工事が始まった。最初は、戎山側の工事、次に10月10日九島側の工事、最後に10月13日中央部の工事の手順であった。
 「駿河」が橋梁部を吊り上げ載せていく。クレーン船のオペレーターは、世界でも有数な人たちだそうだ。しけの時でもミリ単位でアームをコントロールできる技術を持っているそうだ。この船のレンタル料も半端なく高いと聞いている。
 橋の完成は、おめでたいことなのだが、九島島内の道路が未整備(拡張するスペースがない)で、今後、屋根や塀が壊されたという事案が頻繁に起こってくるのではないか。また、人身事故も増えるのではないかと心配されている。
10/7 戎山側の工事
 下を離島行きの高速船が通っている。
10/10 九島側の工事
「駿河」が吊り上げて、大浦から九島側へ移動
10/13 最後の中央部を載せている。三本の橋梁の中では一番短い。
中央部が結合!\(^_^)/
最後のボルトが締められたのが、10時32分だそうだ。長い汽笛が2回鳴った。

結合後、戎山側から撮影
露光間ズーミングで撮影
来年3月末を持って廃止になる九島フェリー
奥には、橋梁を積んできた台船が出港している。