2013年10月29日火曜日

NHK電波塔

 城東中横にあるNHK電波塔が、昨日から青いネットがかけられ、何かしらの工事が始まったようである。塔のトップは、何メートルの高さかは知らないが、あそこに上がるのはかなり勇気がいる高さである。

 今日見てみると、トップを支えている支柱にも3人が取っつき、白いネットのようなものを巻き付けている。命綱を付けてるとはいえ、見ているだけでも金○が縮みあがる思いである。

自宅二階窓から見える塔
canonレンズ250mmで撮影
canonレンズ300mmで撮影
3人が取っついている。
高いところが、苦手な私には上がることはできない。

2013年10月26日土曜日

ワールドギフト

 妻が、「要らない布団がある。」というので処分業者に電話して処分料を確認した。一枚が、1650円ということであった。3枚だから4950円になる。う~ん高い!自分で切り刻み指定ゴミ袋に入れれば、回収してくれるのだけれど・・・。アレルギーのある妻は、「それは、勘弁して」という。私もゲホゲホいいながら作業するのは勘弁して欲しい。
 何とか処分してくれるところはないかとネットで調べていたら、「国際社会支援推進会、ワールドギフト」という会社(?)があった。

<メールより>

到着致しました人形・衣類・ぬいぐるみ・食器などの物資の大部分は、ご協力いただいている輸出企業のコンテナに乗せてもらい、アフリカ(アンゴラ国など)、フィリピン、インドネシア、タイ、ミャンマー等へ送られます。

現地の団体にて、バザー等で販売される物や、児童施設や学校などに寄付されます。一部は国内の保育所や障がい児施設などに寄付させて頂きます。(極一部の未使用の文房具やタオル、食器等につきましては一部チャリティー販売させて頂き、収益全額を途上国の子供達の命を救うワクチン募金とさせて頂きます。)


 料金は、縦横高さの合計が150cm・30kgまでなら1900円、180cm・40kgまでなら2400円、それ以上はメールで確認し振り込みをする。
最初は、要らない布団を布団袋に入れ簡単にひもで縛り発送したが、料金は覚えていない。2回目・3回目は、150cm以内なので1900円である。

 捨てればゴミだが、送れば資源、アジア・アフリカの途上国の皆さんに使っていただければ嬉しい限りだ\(^_^)/


段ボールも売却して資金にするそうです。
今回は、息子が着なくなった衣類も!
子供たちがもっていたドラえもんも!
頑張って子供たちに夢を届けて!

2013年10月23日水曜日

フォトアルバム

 写真を撮るのは好きなんだけど、撮った写真を整理するのは大変苦手である。
 撮影した画像はPCに取り込み、「デジカメde同時プリント9」なるソフトで整理・管理している。しかし、プリントアウトしてできあがった写真をアルバムに貼っていくというのは、私にとって大変苦痛な作業である。

 そこで、師匠に相談すると、「自分のPC上で好きな画像をレイアウトし文字入れを行い、インターネットを通じて業者に送ると一冊のアルバムにしてくれる会社がある」というのを教えてくれた。
 最初は、「AutoAlbum」で作成していたが、レイアウトが自由にならないので、HP社(ヒューレットパッカード社)の「Snapfish」に変えた。このアルバムは、簡単にレイアウトも文字入れもでき、仕上がりも素晴らしく値段も適当であった。しかし、Snapfish Japan社がこの事業から撤退してしまった。ざ・ん・ね・ん!(T_T)
 今は、「Fuji Photo Album」を利用している。Fujiとあるから富士フイルムがやっているのかと思いきや、静岡県富士市にある会社である。
 今までの会社のものに比べて値段が「やや高い」感じがするが、仕上がりは素晴らしいと思う。
 
 業者に注文して作っていた高い「卒業アルバム」も、授業の一環として子どもたち自身がレイアウトして作らせるというのも面白いかもしれない。

9月に行った東京の写真をアルバムにした。
24ページで豪華に仕上がった。
この会社のものは、見開きで画像を配置できる。
文字入れも簡単にできる。
レイアウトも自由にできる。

仕上がり具合も素晴らしい。


最初に作ったアルバム(自宅が完成するまで):AutoAlbum


最後の校内研修旅行アルバム(出雲大社等):Snapfish
ここが簡単で良かったのだけれど・・・・!

2013年10月19日土曜日

美しいバラ

 鬼北町の近永小学校の校庭にある「バラの園(垣根)」が素晴らしい!見応えがあるバラ園(垣根)である。
 当校のY校長から「秋のバラは、花が小ぶりだけれど美しいですよ。」と聞いたので、撮影に出かけた。
 ここのバラ園は、T元校長が、植栽し丹精込めて育てたもので、次の代になり数本枯れたようであるが、Y校長が引き継ぎそして子どもたちを巻き込み育てているものである。子どもたちの中には、「バラの近小」と呼んでいる子どももいるようである。

 昨年度は、萬翠荘バラ展において「文部科学大臣賞」、今年度は、「県教育長賞」を受賞している。やはり、愛情を注げば注いだだけ、きちっとそれに答えてくれる。まさに、教育の原点を見る思いである。
 まだたくさんの蕾があるので順次咲いていくであろう。時間を見てもう一度撮影に行こう。18才の娘盛りを・・。
 

職員室横から体育館にかけての道路沿い
二年度分の賞状と副賞
(F5.6  1/800)
(F5.6  1/1000)
(F5.6  1/1600)
(F5.6 1/8000)
(F5.6  1/5000)
(F4.5  1/640)
(F5.6  1/1600)
(F5.6  1/1000)

2013年10月18日金曜日

歴博・歴史ウォーク(松尾峠越え)

 旧遍路道、津島町清満満願寺から野井坂を通り松尾峠を越え庚申堂までの7.4Kmを歩いた。
 満願寺は、県天然記念物「二重柿」や秘仏「阿弥陀如来像」(33年に一度のご開帳:来年5月の予定)で有名な古刹である。
 遍路道は、40番札所観自在寺から41番札所稲荷山龍光寺まで3通りのルートがあった。海岸ばたを通る「灘道」、篠山を通る「篠山道」、城辺から来る「中道」である。
 今回は、「中道」を歩くことになっている。旧津島町大町から野井坂を通り、松尾峠を越えて宇和島市柿の木までのコースです。このコースは、江戸時代幕府の巡検使が通った道だそうで、地域の方が整地してくれているので比較的歩きやすい道ではあるが、急峻な道である。
 庚申堂は、祝森柿の木にあるお堂だが遍路道では、大変重要な場所である。3ルートがここで交わり、龍光寺につながって行くのである。
 また、宇和島藩を7日間で通過しなければいけないという宇和島伊達藩の決まりがあったというのは驚きであった。(ちなみに、幕末時代、土佐国には巡礼することは禁止されていて、3国参りをしていたのも驚きであった。)

臨済宗妙心寺派光雲山満願寺
落ち着いたいいお寺さんで、紅葉・銀杏の紅葉の頃が良いのでは!
通名な二重柿(子持ち柿とも言われる。)
歩き遍路を目指しているので、元気に歩く貴公子さん!
野井坂の途中にある遠望の利く場所(この一カ所しかない。)
中央の鉄塔の所から降りてきた。自動車道をくぐる遍路道
庚申堂
右の赤いシャツを着ている方が立っている所へ灘道が来ている。
ここで3つの道が一つに交わる。
1852年に建てられた道しるべ
(3つに割れているのは、自動車道を作っている時、
工事関係者が土留めの石垣を築くため割ってしまった
ため。これを建てた子孫の方が、見つけて自宅に持ち帰り、
今はその方の敷地内に建ててある。)
文化財保護課は、何をしているのかな・・・?

2013年10月15日火曜日

娘で~す。5


 犬を飼っていなかった時は、犬に服を着せている方を見て、「毛皮を着ているのにどうして服を着せるか(>_<)、飼い主の見栄か」と思っていました。
 しかし、ブリーダーさんからランを引き取る時、病院でワクチンを打ってもらった時に、「チワワは、メキシコ原産の小型犬で寒さには弱いですよ。」と言われた。
 そうか、「チワワは寒さに弱いのか」と思いながらも「室内で飼うから問題ないな」とも思っていた。
 先日最低気温がぐっと下がった時、1階のリビングに置いてあるゲージの中でランがブルブル震えており、エサもまったく食べない状態になった。これはやばいと思い、小さなブランケットにくるみしばらく抱いてやった。そうすると震えも止まった。
  やはり室内でも気温が下がるとぶるぶると震えてしまうようである。

 寒さ対策をしてやらなければならないとネットで服を探した。驚いたことに4・5千円もするのだ。たかが犬に5千円も出すのはどうかと思った。しかし、相手の言い値だから仕方がないのかもしれない。
 仕方がないのでダイキに行って安いTシャツとセーターを買った。やはりダイキには種類が少ないので松山にあるPetStepに買いに行くことにする。


赤いTシャツ!(なぜか赤いマントに見える。)
赤いセーター
(Sサイズなのだがまだ大きい、前足を抜いて腹巻き状態になる。)
ベッドもドーム型に変更した。
ゲージの中では場所を取りすぎる。少し温度が高くなると自分から出てきて外で寝そべる。
お気に入り(?)のチワワのぬいぐるみ
どうもライバルと思っているようでくわえてむちゃくちゃにする。





2013年10月14日月曜日

歴博・三瀬諸淵の故郷を訪ねる

 同じ大洲藩であった内子の人間として、大洲に「三瀬諸淵」という人物がいた事を今まで知らなかった。恥ずかしい話である。

 三瀬諸淵は三瀬周三と言い、大洲で塩問屋を営む麓屋半兵衛と、シーボルトの愛弟子である蘭方医二宮敬作の姉・倉子(クラ)との間に生まれた。
 15才の時、学問の道、とりわけ「医者として身を立てたい」と歩む道をきっぱりと主張し、叔父で、卯之町で開業していた蘭方医二宮敬作のもとへと出ていった。
 二宮敬作が宇和島藩の准藩医として宇和島に移住した時も、周三(諸淵)もそれに従った。宇和島では村田蔵六の門下に入り、シーボルトの娘楠本イネらとともに蘭学を学んだが、翌年には敬作とともに蔵六、イネ、周三も長崎へと渡った。そこで敬作は医者として開業し、周三はその助手を務めながら蘭学の研さんに励んだ。
 諸淵が再度長崎に留学した時、再来日したシーボルトの門下生となり研鑽を積み、語学については、福沢諭吉よりも秀でていたと言われている。(シーボルトの最後の弟子と言われている。)
 また、日本最初の電信実験を肱川沿いで行い成功させている。記念碑が、八幡神社の入り口にある。

 明治10年39才の若さで大阪で亡くなるが、大正15年「正5位」が追贈されたのをきっかけに昭和3年大洲市大禅寺に改葬された。

 南予の偉人の中には、私の知らない方が多くいるのだなと痛感した。
八幡浜・大洲地区広域市町村圏組合が作成しているHP「ほっとde西伊予」が参考になる。)


中町一丁目(八幡浜側にある。)
立派なお墓である。(後ろに見えるのが三瀬家の墓地)
身分が低かったので城のお堀の周りを歩いて、八幡神社下にあった「古学堂」まで通っていた。
(大洲高校グランドから大洲城を望む)
古学堂(武田斐三郎や三輪田米山などが学んでいた。)

電信実験成功の記念碑
大洲市上須戒に二宮敬作が住んでいた。
大洲市高山から大洲市街地を望む
(この場所は、雲海の上になるので雲海の撮影場所としては一番にいそうだ。)

2013年10月12日土曜日

南国の花!?

 10月も中旬になったのに全国的に「残暑お見舞い申し上げます。」状態だ。どうなっているのやら・・・(--;)
 
 6月に買ってきたハイビスカスが、順調に花を付け一夏中楽しませてくれた。
 9月に入り、気温が下がるとともに花を付けなくなり、「今年は終わったな!お礼肥をあげなければな!」と思っていた矢先、花芽がたくさん出てきた。どうしたことか?南国の花だから気温が高ければ次々花を付けるのかなと思いながら水やりをしっかり行った。
 昨日からまた黄色いきれいな花を咲かせてくれている。!(^^)!本当に正直である(^_^)v
 
 しばらくは、楽しめる~!

黄色と赤のコントラストが綺麗
行く夏(?)を惜しむかのように・・・・。
下に明日咲く花の蕾が見える!
来年は、違う色を購入しよう!